生きる意味

生きるということは経験するということでもありますね。人は何事も自分で経験しなければ心から理解することは出来ないもの。経験したことのみが本当に知ったことになるのでしょう。

生きて行くことであらゆる経験をし、一つ一つ経験から学ぶことで、より多くを心から理解出来る自分に変わっていきます。そして人は何度も生まれ変わってその都度経験を重ね、経験した分だけ新しい自分へと変わり、また次の生へと繋がっていく、この繰り返しです。

ゆえに生きて行く意味とは心が成長するためであり、人生に起きることは良きも悪しきもすべて心の成長に必要な経験として、その時々に与えられているのものなのでしょう。

いきものいろいろ10

涼しげなぶどうの葉。緑のカーテンが強い陽差しを和らげてくれます。

アレチヌスビトハギ。小さな豆が沢山出来ますが、これが強力な「ひっつきむし」で、ズボンや靴に触れるだけでこびりついてなかなか剥がれません。とにかくしつこいのです。このひっつきむしであちこちに拡がっていくようです。

シチヘンゲ。空き地や道端でよく見掛けます。

必死で毛繕いするチョロちゃん。顎くたびれへんのかな?

リンナイガス給湯器の上で昼寝中のポンタ。あちこちに寝場所を確保しているようです。ここは新しい寝場所。

うちの猫達はこの9月で5歳になりました。ちょっとした怪我や体調不良はこれまでに何度かありましたが、その都度草を食べて吐いたり何も食べずにじっとして自分で治し、獣医さんのお世話になったことは一度もありません。今年4月下旬から庭に隣接する建物の外壁工事が始まり、人の行き来や騒音のストレスから神経質でビビリのチョロちゃんは脇腹が大きな円形脱毛症になりましたが、そのうちに慣れたのでしょうか、いつのまにか自然に治りました。猫達も猫達なりに猫生経験を積んでいるようです。とにかく元気で何よりです。

春頃にスーパーで買ったと思われるニュージーランド産のかぼちゃ。食べる前にラップの中でドロドロに溶けてしまったようで(*1)、生ゴミボックス行きとなっているのをゴミ出し担当の私が発見。せめて庭土にでもと庭に埋めたところ、種が元気よく発芽し、落ち葉の灰を撒いただけのほぼ無肥料栽培(*2)で何と立派なかぼちゃが11個も出来、収穫した5個のうちの最も大きいカボチャ(1枚目の画像左下)は直径21cm、重量2.5kgでした\(◎o◎)/

ニュージーランド出身ですがよほど日本の土地が気に入ったのでしょう。まだ収穫前のかぼちゃが6個あり、つるがぶどうの棚の上まで這い上がって、棚の上からぶらさがるように生っています。

(*1)肥料を施して作られた農作物は時間が経つと溶けて行きます。一方自然の草木の実や無肥料栽培で出来た作物は溶けずに干からびたり萎れていきます。

(*2)一部チョロちゃんのトイレの傍に撒いた種があり、これは有機栽培ですね(^_^;)