思い込みを手放す

人は皆、自分の思い込みの中に生きています。そしてこの思い込みというのは、自分で生み出したもののようで実はそうではなく、他から植え付けられた固定観念です。生きていて幸せを感じられないのは、「こうならなければ幸せになれないのですよ」という恐怖を植え付けられ続けてきたからであり、全部、自分の思い込みに苦しめられていると言えます。

人は皆同じでなければならないというのも、知らず知らずのうちに植え付けられた思い込みです。地球上には75億の人がおり、75億通りの考え方があります。この世にははじめから自分と違う人しか存在せず、私は私、あの人はあの人、この人はこの人であり、私は私でよい、出来ないものは出来ないでよい、ということだと思います。

食事の後、よく膝の上に乗せろと訴えてくるポンちゃん。執拗な訴えに負けたときの様子です。 ポンちゃん凄く大きいのでお尻が痛くなりますが、容赦なく居座り続け、満足げに喉をゴロゴロ鳴らしています。自分の思うように自分らしく生きる生き方の見本でしょうか(笑)

踵(かかと)の痛みと漢方

歩行中、踵(かかと)の着地時に痛みが生じるものは足底腱膜炎と言われ、立ち仕事や運動などで足底腱膜が踵の骨に付着している箇所に過度に負担がかかることにより発症するものです。起床時の歩き始めに痛みがあり、踵の内側に指で押さえると痛みを生じるポイントがあるのが特徴的です。

一般的な治療としては消炎鎮痛剤や湿布剤が用いられますが、十分な効果が得られることは少なく、足裏を保護する中敷きなどが勧められます。ステロイドの局所注射は即効性がありますが、注射の痛みを伴いますし、針が腱膜を痛める可能性があり繰り返し行えません。

この踵の痛みを訴える方は、下肢から腰にかけて太陽膀胱経という経絡に沿って指で押してみると痛みや違和感を訴えられ、漢方薬では疎経活血湯が良く効きます。大抵の場合、痛みは服用開始から数日以内に取れます(疎経活血湯には地黄、当帰、川弓が含まれており、人によっては食欲不振や胃もたれを起こすことがあります)。

 

月の神

神とは、命を司る一切の仕組み、顕れ

宇宙、銀河、天体、自然、森羅万象・・・

生きものみなみな 神の中に生き、生かされている

クンネチュプカムイ イヤイヤイケレ

 

胃食道逆流症と漢方

胃食道逆流症とは胃酸が食道内に逆流することにより胸やけや呑酸(どんさん:口の中に胃酸のすっぱさが広がる症状)を訴える病気で、厳密には内視鏡所見から食道内が胃酸により爛れているびらん性胃食道逆流症(逆流性食道炎)と爛れのない非びらん性胃食道逆流症に分けられますが、内視鏡検査なしに症状だけから逆流性食道炎と一括りに診断されていることもあります。

胃食道逆流症の第一選択薬はプロトンポンプ阻害薬(PPI)という胃酸分泌抑制剤で、一般に服用開始後直ぐに症状改善効果が得られます。しかし食道の爛れのない非びらん性胃食道逆流症の中にはこのPPIが無効なものがあり、その場合、漢方薬が有効なことが少なくありません。よく使われるエキス製剤としては大柴胡湯、茯苓飲合半夏厚朴湯、呉茱萸湯、安中散などがあります(*)。ただしこれらの漢方薬は病名や症状で投与する西洋薬と異なり、同じ症状でも合わない人には全く効き目がなく、患者さんひとりひとりの体質や身体所見に基づいて最も適したお薬を選ぶ必要があります。

そしてこれは毎回しつこく書きますが、ひとのからだは何でも「過ぎる」と苦しむように作られていますので、飲食や喫煙などの生活習慣が「過ぎる」人は、お薬よりもまず過ぎる習慣を改めることが第一です。

(*)胃食道逆流症診療ガイドライン2015(改訂第2版)では、プロトンポンプ阻害薬(PPI)で効果不十分な場合の併用薬剤として六君子湯が推奨されていますが、六君子湯が有効な例はかなり少なく、ここに上げた漢方薬が適応になる例の方が遙かに多い印象です。

こころとことば

昨年の12月に校医をしている小学校で学校保健委員会が開かれ、「心の健康~言葉について」というテーマで子供達が発表しました。子供達は「ふわふわ言葉」と「チクチク言葉」を取り上げ、言葉が心に及ぼす影響についてアンケート結果を基に分かりやすく説明していました。私も校医の立場から話をする機会があり、心とは?言葉とは?という話をしました。

「心」とはからだのように見たり触ったり出来ないので、分かっているようでなかなかうまく説明の出来ないものですが、心の中にあるものに目を向けると、心=思考・感情の容れ物と言うことが出来るのではないでしょうか。そして「言葉」とは心の中に無数にある思考・感情の中からひとつを選んで声にし、外に顕わすことですが、この思考・感情を選ぶ元は「氣」であり、従ってはじめに心があり、心が氣を生み、氣が言葉を生み出すという流れになっています。

子供達が取り上げたふわふわ言葉とは「ありがとう」「よかったね」「大丈夫」「一緒にいよう」などの人を貴び人を思いやる言葉、チクチク言葉は「死ね」「きもい」「じゃま」「ボケ」などの(なかには「死神」とかもありましたが(笑))思いやりの気持ちを欠いた人を貶む言葉ですが、チクチク言葉は相手の心を傷付けるだけでなく、同時に自分の心の中の「人を思いやる気持ち」も傷付けますので、チクチク言葉を口にすればするほど、思いやりの気持ちが薄れていき、知らないうちに人を傷付けることが平気になり、終いにはそれが喜びにさえなってなってしまうものです。チクチク言葉を言われて嬉しい人などいませんので、人が次第に離れていき孤独になっていきます。

反対にふわふわ言葉は、口にすればするほど心の中の思いやりの気持ちを育み、またチクチク言葉を次第に口にしなくなっていくので、人間関係も良くなり笑顔に囲まれるようになります。

保健委員会の最後に教頭先生が言葉をブーメランに例えて子供達に話をされました。人の悪口を言うとブーメランのように自分に返ってきて、いつか必ず人から悪口を言われるというお話でした。言葉は同じ波長のものを引き寄せますので、人を傷付ける言葉を口にしていると、自ずと不運が訪れるという意味でもあるのでしょう。

このように普段口にする言葉が日々目に写る身の回りの景色を生み出ており、言葉はよくよく気を付けて選ばなければならないものであることが分かります。そして普段どのような言葉を選んでいるかは、染み付いた心の癖(氣の善し悪し)によるものです。子供達の発表の中で、「ふわふわ言葉よりチクチク言葉の方が思い付きやすい」という話がありました。これは子供達が普段チクチク言葉をよく口にしている証拠であり、それはテレビ、ゲーム、SNS、周囲の大人達の口から絶えずチクチク言葉を見聞きしている、すなわち悪しき氣を浴び続けているからに他なりません。子供は周りの大人を見て育つもの。私達の責任は重大です。普段何気なく口にしている言葉の癖を、もう一度見直してみる必要があるのではないでしょうか。