食糧危機

食糧危機が間近に迫っています。我が国の食料自給率は37%です。海外からの食糧輸入が止まれば、あっと言う間にスーパーの棚から食料品が消えます。政府の備蓄米もいざとなればあてになりません。備えるなら今のうちですが、長期に及ぶと備蓄では間に合わなくなります。

危機管理意識を持ち、生き残るためにはどうすれば良いか、今から本気で考えておく必要があります。そんなこと起きる訳がないと何の対策も講じずにいると、必ず後悔することになります。

元気になりましょう!

不安、恐れ、焦り、怒りなど、世の中はネガティブな氣が充満しています。

ネガティブな氣を溜め込まないよう、大きな声で笑って発散しましょう!

そして・・・

外へ出て太陽の光を一杯浴びましょう。

身体を動かして汗をかきましょう。

自然の中に出かけましょう。

土にも触れてみましょう。

心地よい音を聴きましょう。

お気に入りの香りを楽しみましょう。

温泉やバスソルトのお風呂に入って寛ぎましょう。

眠る時間を大切にしましょう。

出来ることをやってゆけば、元気になってゆきます。

マスクの強要やワクチン接種への同調圧力など重苦しい状況のなかにも、喜びを見出して少しでも明るく前向きに生きましょう。

自分らしく生きる

かぼちゃはぶどうの棚に、ぶどうはかぼちゃの蔓に向かって、伸びたい方向にどんどん伸びていきます。

猫達は、寝て、起きて、ニャーニャー鳴いて、ご飯食べて、毛繕いして、うろうろして、庭に穴掘ってトイレして、それで一日終わりです。

私達も、悔いのない人生を送るために、日々自分に出来ることやりたいことをやりましょう。自分の気持ちに正直に、自分らしく生きましょう。

チョロちゃん、お昼寝中

起きたかと思うと、必死で毛繕いし始めました(笑)

助け合い

苦しい時が続き先が見えないと、誰でも悲観的な考えに浸りやすいものです。そんな時こそ「大丈夫!」と、互いに声を掛け合い励まし合って、助け合ってゆきたいものですね。

そしてたとえ今がどんなに苦しくても、「どんな困難も必ず乗り越えられる」と自分に言い聞かせながら歩んで参りましょう。

記事とは無関係な猫達の写真ですが、何の心配もなく気楽に生きている様子見ると、私自身多少気が休まりますので、敢えてアップしてみました。

人間関係

私たちは得てして己の価値観のみ正しいと思い込み、相手に己を押し付けようとしがちですが、それは相手を大切に思うこととは異なるもの。真の喜びは、互いに認め理解深めたところにあるもの、慈しみ合う心を育んだところにあるものですね。互いに許し合うことも大切ですね。

知らず知らずのうちに染みついてしまった、己こそが正しいと思い込む思考の癖を改め、違う見方を学べる己を育むことにより、喜び多き人間関係を築いてゆきたいものですね。

笑顔を忘れずに

どんな状況であっても喜びを見出すことは出来るものですね。今日も水を口にすることが出来る、お風呂で疲れた体を癒すことが出来る、家族と過ごすことが出来る、友達と連絡を取ることが出来る、満開の桜を愛でることが出来る・・・苦しい時ほどささやかな日常の中に喜びを見出すようにして、ひとつひとつ感謝に変えてゆけば、そこから生きる力も湧いてくるのではないでしょうか。そして笑顔を忘れないようにしたいものですね。

不安の氣

新型コロナウイルス感染の拡大に伴い、強い不安に駆られ利己的な行動に走る人が増えています。マスコミ報道やネット情報等を鵜呑みにして、社会全体を覆う不安の渦に飲み込まれないよう、何が真実であるのか、情報を一つ一つよくよく吟味した上で行動しましょう。

いくら備えが十分であっても、強い不安の氣を発したままでは免疫力の低下を招き、感染のリスクを高めてしまいます。社会が混乱の中にあっても、地に足を付け、自分の思考感情は自分で舵取り出来るよう、目に見えない力に操られないよう注意しましょう。

パソコンやスマホを近い距離で長時間使用すると電磁波の影響を強く受け、自律神経が不安定になるばかりでなく、不安感が増し鬱的な状態に陥りやすくもなりますので、なるべく使用時間を短くしましょう。

笑う門には福来る

いろいろと困難があっても、笑えば福来りて道が開けるものですね。憂いていたり深刻な顔をしていても決して状況は良くなりません。世の中が深刻な事態に直面しつつある時に笑うなど不謹慎という人もいますが、そういう時にこそ日々笑って過ごしましょう。私はそうします。

この時期、丸くなって寝ているうちの猫達です。

ひとそれぞれ

十人十色と言われるように、人は皆ひとりひとり違い、物事に対する感じ方や受け止め方も人それぞれに異なりますから、自分の事を好きな人もいれば自分の事を嫌いな人も必ずいるものです。
ですからより多くの人に好かれようと自意識過剰になり、無理に本来の自分以外の者になろうとする必要はないのではないでしょうか。