🐈の知らせ?

土曜日の午後や休日の朝に何処かへ出掛けるつもりでいると、何故かポンちゃんがこちらの気を惹くようにニャーニャー鳴いて寄ってくることがあります。

構って欲しくてしつこく纏わり付くのです。

なぜ今日に限って?と不思議に思うのですが、結局ポンちゃんのアピールに負け、外出を見合わせることにします。

すると必ずと言って良いほど「出掛けずに家にいて良かった」という展開になるのです。

・かかりつけの患者さんが急変し、緊急の往診や病院への搬送の手配が必要となったり

・アポなしで訪問者が大事な話をしに来られたり

・急ぎの連絡があったり

・後になって体調が悪くなってきたり

・予報に反して天候が急変したり・・・

何かを予知して「今日は家にいなさい」と飼い主に知らせているとしか思えないのです。

「虫の知らせ」ならぬ「ポンちゃんの知らせ」です🐈

但し稀に例外もあり、単にご飯が欲しいだけだったこともあります(笑)

このニャーは稀な例外のニャー😅

良心の呵責

己のしてきたことは己が知っています

誰もが多かれ少なかれうしろめたさや罪悪感を抱えて生きています

人は騙せても己は騙せません

良心の呵責に苦しむと、人は自供するようになります

自責の念を言葉にして吐き出そうとします

良心の呵責=自己浄化の仕組み

自供の連鎖が社会の歪みを正す力となり

個々の浄化から社会全体の浄化へと拡がってゆく・・・

改善されてゆく良き未来を想像し、生きる力にしたいものですね✨

過ぎること

先天性疾患や一部の体質的な疾患を除き、病気の多くは「過ぎる」行為が原因です。食べ過ぎる、飲み過ぎる、摂り過ぎる(*)、冷やし過ぎる、寝なさ過ぎる、無理し過ぎる、鍛え過ぎる、考え過ぎる、心配し過ぎる・・・

過ぎる行為をし続けると、警告音としてからだの声(前駆症状)が聞こえてきますが、このからだの声を無視し続けると、からだが対処し切れなくなり病気を発症する仕組みです。

見方を変えれば、病気は「ここを修正しなさい」というからだからの教えでもあります。どれだけ己の肉体を大切に思い、扱うか?が問われています。

人は皆、経験を通じて学び、少しづつ変わってゆきます。ゆえに病気はこれまでの習慣や癖を軌道修正するために必要な経験とも言えます。

己が選択した結果を受け取り、己を省みるということです。皆選択の自由が与えられており、省みないというのもまたその人の選択です。

嗜好や身に付いた習慣は、悪いと分かっていてもなかなか改められないもの。本心から「このままではあかんな」と思わない限り変えることは難しいものです。

肉体を大切に扱ってこなかった結果、病気と付き合いながら生きてゆくことも学びであり、その人なりの生き方と言えるでしょう。

(*)特に有害なものを(そうとは知らずに)からだに入れ続けてしまうこと

悔いのないように

私は姉二人の三人姉弟の末っ子で今月63歳になります。父方も母方も長寿の家系なので、姉も自分も長生きするのだろうなと漠然と思っていましたが、私より4つ上の下の姉は15年前に52歳で他界し、隣区に住む上の姉も昨年11月に急逝、68歳でした。

寿命というのは分からないものですね。祖母が98歳、母が92歳でしたので、姉二人との早過ぎる別れになかなか気持ちの整理がつきませんが、私が外から見る限り、下の姉も上の姉もそれぞれ与えられた生を精一杯生き抜いたと思います。

私も今生での寿命の設定がどうなっているか分かりませんが、この世を去る時に悔いのないよう、与えられた時間をどう使うか、今何をすべきかを、上の姉の死をきっかけに日々考え生きるようになりました。

心身の健康を第一に過ごし、今生の終わりを迎える時に、衣食住医政教の全てが無害化された世の始まりをちらっとでも垣間見ることが出来たら本当にありがたいことです。

そのためにも自分の役割である四番目の「医」において、不向きなことは他の人にお任せし、自分に向いていること備わっている良い所を活かしながら、引き続き自分が手掛ける領域で無害な医療を目指し精進したいと思います。

それと今年でポンちゃんに換算年齢で追い抜かれますので、これからは今まで以上に飼い主として寄り添う必要がありそうです。

とはいえ事実上ポンちゃんの方が圧倒的に元気なので、ポンちゃんも「このご飯くれるデカイ猫も最近ちょっと弱ってきたニャ、気を付けて見とくかニャ」とか思ってそう(笑)

私の実家は庭のある敷地内に母の両親と父と母と姉二人と私の三世代が暮らしていました。時は流れ、今や当時の家の様子や暮らしを知る者は自分ひとりになりました。

直感を大切に

物事の真偽を見極めるにはそのエビデンス(証拠、根拠)を検証する必要がありますが、エビデンスは意図的にもっともらしく創り上げることが出来るものでもあります。

コロナ禍で強制・推奨された感染予防対策や新型コロナワクチンの有効性などはその最たるものです。

なので虚偽に巻き込まれないためには、何事も決して鵜呑みにすることなく、よくよく調べ吟味しなければなりません。

その上でなお真偽の判断が付きにくい場合は直感に従うことです。

エビデンスは物質次元の仕組みの中にありますが、直感は物質次元的な誤魔化しの効かない異次元のエネルギーを感知しているものだからです。

例えば意図的につくられたエビデンスには作為的エネルギーが含まれており、直感はそれを違和感として感じ取ります。

人の見極めも同じで、直感はちょっとした仕草や言葉の端々にその人の本質的なエネルギーを感じ取ります。

直感を磨くには「思い込み」や「理屈への囚われ」を手放すこと、そして岡潔先生の言われる「情緒を磨くこと」でしょうか。

これからのこと

虚偽の仮面が次々と剥がれ落ちています。

過去の命令に従って行われる計画は、過去の残像ゆえに悉く頓挫するでしょう。

残像に囚われて自ら病むことのないよう気を付けましょう。

ネガティブな思考感情に同調しやすい人は、不安を煽る発信に巻き込まれないことです。

巻き込まれるのは自らそれを求めているとも言えます。

喜びに意識を向けること大切。

日常に、身の回りに、ありがたいことは溢れています。

どのような思考感情を選ぶのか、意識の向け方が問われています。

指示に従いやりたい放題してきた者達は、相互不信、自己保身、内部抗争による潰し合いで自滅してゆくでしょう・・・

知らんけどニャ😅

季節の移ろい3

オマケ画像😊

過去の人が生み出した仕組みは崩れてゆく

自然森羅万象の仕組みのなかに人間の知性を超えた真理があり

そこから学び、生き方、考え方を変えてゆく必要がある

思い込み

思い込みの強い人は自分で自分を苦しめてしまうことがあります。

誰もが普通に生きているだけで虚偽を擦り込まれ、意図的に生み出された価値観を植え付けられています。

そして思い込みの強い人ほどそこから抜け出せなくなります。

「それしかないのだ」と思い込んで聞く耳を持たず、他の異なる見方が受け入れられないのです。

意のままに思考を操られてしまう、ということでもあります。

ゆえに思い込みとは本当に恐ろしいものです。

思い込みは誰にでもあるものであり、「自分には思い込みなどない」ということ自体がすでに思い込みです。例えば・・・

冬用防寒ハウス1号(ヒーターマット無し仕様)を用意すると、さっそく中に入っています。

「覗くニャ(怒)」と言わんばかりにこっちを睨むポンちゃん?

それは思い込みです、元々こんな顔(笑)

思い込みとは誤解の元でもあります😅

何事も思い込みが過ぎないよう気を付けたいものですね。

何事も順番が(私見)

これまで世を支配してきたものが急速に力を失い、世の中が良き方向へと変わりつつあります。ですがすべてが同時進行で変わりゆくのではなく、何事も変わるには変わる順番があると思うのです。

変えてゆく人にはそれぞれの役割があり、その人でなければ出来ない役目を果たし、また別の役目の人へと入れ替わり、改善の流れが引き継がれてゆくのでしょう。

なので物事を狭い視野で見て、今改善に当たっている人の担当外の分野が放置されていることを嘆いたり、そのことで良き成果を出している事まで否定する必要はないのではと思います。物事は善か悪かの二極化思考では割り切れないことの方が多いものです。

料理にも手術にも手順があり、食材を調理する順番を間違えたり術野の組織を手当たり次第に切ったりしていては上手くいきません。

やはり何事も順番が大切です。

木々の紅葉も同時には進まず、桜が先に紅葉し始め、カエデは少し遅れます。

なぜそうなっているのかというと、そうなっているからとしか答えようがないものです。