この国ではまだ今のところ、お金さえ出せば食べ物も飲み物も手に入れることが出来ますので、生きられるのは当たり前のことと考えてしまいがちです。
ですが人が生きてゆくうえで必要な食べ物も飲み水も、人がゼロから生み出したものは何もなく、すべて地球から無償で与えられているものです。
土から生まれる草木がなければ食べ物は出来ませんし、水が山川海空と循環しなければ飲み水も自由に得られません。
食べ物があること飲み水があることは当たり前のことではなく、とてもありがたいことです。
長い間地球は単なる資源と刷り込まれてきたゆえに、私たちは地球に感謝することを忘れて生きています。
これからは生き物すべてを生かして下さっている足元の地球に感謝し、生きられる喜びを感じながら暮らしてゆきたいものです。
今年の夏は異様な湿気の猛暑が続き、湿気を嫌うぶどうはカビの発生で枝葉の大半が枯れてしまい、残った枝の房も熟さない青い実が多くありました。
その一方で雑草はどれも丈が例年の倍ほどあり、異常な繁茂で庭の土の部分はほぼ雑草で埋め尽くされ、刈っても刈ってもあっという間に元通りになり、手に負えません。見方を変えれば、雑草が表土と土壌細菌を異常高温と乾燥から守ってくれているのかもしれません(雑草に覆われた地面の表面温度は真夏でも25度前後に保たれているそうです)。
幅1m、奥行き45cmの棚で寝ているポンちゃん。9歳。平均的な猫の1.5倍近くあります。外猫の暮らしは暑さ寒さ雨風に耐えねばならないし、蚊やノミも避けられません。猫同士の喧嘩や交通事故のリスクもあります。ですが足裏で地の氣に触れ、草木に触れ、自由気ままにどこでも行ける外猫ならではの暮らしをとても気に入っているようです。感謝しているかどうかは別にして、棲み処と食べ物と飲み水が無償で与えられているので(笑)