経験値の違い

真実か虚偽か、薬か毒かを正しく見極められる人とそうでない人がいます。専門知識がありながら毒を薬と思い込む人がいる一方で、子供や情報の限られた高齢者でも正しく見極められる人がいます。情報に触れる機会があっても、どの情報と繋がるか(選ぶか)はひとそれぞれであり、情報がなくても直感的に分かる人がいます。

人は刷り込まれた知識と過去の経験に基づいて物事を判断しますので、幼い子供や専門知識を持たない人が正しく見極められるのは、今生だけでは説明がつかないものであり、魂に刻まれた記憶、すなわち過去生の経験によるものと私は思っています。

価値観が異なりお互いに理解し合えないのは、双方の経験値の違いによるものなので、今生だけではどうしようもないことなのかもしれません。なので出来ることは、自分の考えを押し付けたり相手を変えようとするのでなく、相手を尊重し大切に思うことでしょうか。

金木犀の香りが漂い始めました。

今年は長引く猛暑の影響か、彼岸花の開花が例年より一週間以上遅れ、10月10日頃まで咲いていました。

アレチヌスビトハギ

種がいわゆる「ひっつき虫」です。

この種が服に触れると枝から離れてしつこくひっつき、なかなか剝がれません。

膝上のひっつき猫。途中で向きを変えながらしつこくひっつき、なかなか剥がれません。ポンちゃんの重さに耐えかねて無理やり降ろそうとしたら、強烈な猫パンチを食らいました。まだひっつき虫の方がマシかな(笑)

与えられているもの

この国ではまだ今のところ、お金さえ出せば食べ物も飲み物も手に入れることが出来ますので、生きられるのは当たり前のことと考えてしまいがちです。

ですが人が生きてゆくうえで必要な食べ物も飲み水も、人がゼロから生み出したものは何もなく、すべて地球から無償で与えられているものです。

土から生まれる草木がなければ食べ物は出来ませんし、水が山川海空と循環しなければ飲み水も自由に得られません。

食べ物があること飲み水があることは当たり前のことではなく、とてもありがたいことです。

長い間地球は単なる資源と刷り込まれてきたゆえに、私たちは地球に感謝することを忘れて生きています。

これからは生き物すべてを生かして下さっている足元の地球に感謝し、生きられる喜びを感じながら暮らしてゆきたいものです。

今年の夏は異様な湿気の猛暑が続き、湿気を嫌うぶどうはカビの発生で枝葉の大半が枯れてしまい、残った枝の房も熟さない青い実が多くありました。

その一方で雑草はどれも丈が例年の倍ほどあり、異常な繁茂で庭の土の部分はほぼ雑草で埋め尽くされ、刈っても刈ってもあっという間に元通りになり、手に負えません。見方を変えれば、雑草が表土と土壌細菌を異常高温と乾燥から守ってくれているのかもしれません(雑草に覆われた地面の表面温度は真夏でも25度前後に保たれているそうです)。

幅1m、奥行き45cmの棚で寝ているポンちゃん。9歳。平均的な猫の1.5倍近くあります。外猫の暮らしは暑さ寒さ雨風に耐えねばならないし、蚊やノミも避けられません。猫同士の喧嘩や交通事故のリスクもあります。ですが足裏で地の氣に触れ、草木に触れ、自由気ままにどこでも行ける外猫ならではの暮らしをとても気に入っているようです。感謝しているかどうかは別にして、棲み処と食べ物と飲み水が無償で与えられているので(笑)

進む二極化

殺人事件、傷害事件、感情を抑え切れない人、魔が差す人が激増しています。交通事故も頻発しています。心と体が何者かに乗っ取られたかのようです。

思考・感情が操作され、異様な氣を発している人が増えています。自他共に愛する人と自己中心的な人に二極化しています。

出会いと別れにより人間関係も再構築されつつあります。誰もが分相応に変わりゆき、分相応の仲間と共に歩むことになるのでしょう。

無理しない

時にはやむを得ない事情で無理しなけらばならないこともあります。

ですが無理し過ぎないこと、健康を損ねてまで無理し続けないことです。

過ぎることは心身にとって負担となり、し続ければ心も体も病んでゆきます。

誰しも出来ることと出来ないことがあります。

出来ないことは出来ないでよいのではないでしょうか。

どうしてもしたくないことも、無理にしなくてもよいのではないでしょうか。

何よりも心身の健康を第一に考えましょう。

紫陽花の咲く頃、いちじくやぶどうの実が膨らみ、トンボも羽化し始めます。

この時期は低気圧の影響で副交感神経が優位になり、眠い日が多いですね。

曇りや雨の日に眠いのは悪いことではなく生理現象であり、仕方のないことでもあります。

朝から寝ているポンちゃん。

いつも寝ていて気圧関係ありません(笑)

棚の幅97cm、奥行き44cm、対角線106.5cm、猫にしては大き過ぎかも(笑)

在ること

在ることは、とてもありがたいことです

もはや在ることに意味がないのではと思えても

なくなると、在ることが他を支えていたことがわかり

在ることだけでありがたいことなのだなあと、分かりました

在ることに、日々感謝です

ケムトレイル

4月23日の朝、医院屋上から撮影した神戸市上空のケムトレイルです。飛行機を使い大気中に大量の有害物質をばら撒いています。なぜそんなことをしているのでしょうか?

持続可能な社会の実現のためには、現在の地球の人口は多過ぎるらしいです。それで空に水に毒を撒き、毒を薬と偽って体に入れ、食べ物にも毒を混ぜ、病にして徐々に人を減らす計画を実行しています。

しかし人口削減計画を指示する者、実行する者は、結局は因果により自分達が減らされることになります。

計画が世に知れることを望まない人達は陰謀論と一蹴しますが、内部告発により、そろそろ立場が逆転し始めるでしょう。

それまで私達は巻き添えにならないよう自衛するのみです。我が身を守るためにこれからは超健康オタクになる必要があるかもです。

マスクも感染防御の為には全く不要であり有害無益ですが、シェディングのリスクの高い人混みやケムトレイルの空の下では活性炭マスクを着用した方が安全かと思います。近くに大型コインランドリーが出来、換気扇から出るマイクロカプセルの柔軟剤臭が凄いので、活性炭マスクなしでは傍を通れません。

大事なのはやるべき事をやった上で必要以上に怖がらないこと、自然と触れ合いつつ、日々楽しく過ごすことですね。私はそうしています。今は過去の膿出しの時期であり、世は悪くなっているように見えて、良くなっていると思っているからです。

どのような情報と繋がるか、誰の話を信じるか、ひとりひとりの心のあり様が問われている気がします。

今年はアヤメの開花が例年より一週間早いです。

当たり前でないこと

ものを覚えられることは、当たり前でない

物事が分かることは、当たり前でない

歩けることは、当たり前でない

起き上がれることは、当たり前でない

寝返りを打てることは、当たり前でない

物を掴めることは、当たり前でない

体を掻けることは、当たり前でない

用を足せることは、当たり前でない

噛めることは、当たり前でない

飲み込めることは、当たり前でない

吐き出せることは、当たり前でない

喋れることは、当たり前でない

眼を開けれることは、当たり前でない

息をしていることは、当たり前でない

心臓が動いていることは、当たり前でない

この地にいられることは、当たり前でない

私を生んでくれて、育ててくれて、愛してくれて

最後の最期に何よりも大切なことを教えてくれて・・・

ありがとう、お母さん

ポンちゃん

生まれてから8年間ずっと一緒にいたチョロが去年12月に急に亡くなり、しばらくは庭や家の周りを探し回っては寂しそうに鳴いていました。

3ヶ月近く経ち、ポンちゃんも少し落ち着いてきたようですが、それでもどこかしら寂しそうで、以前より飼い主によく甘えるようになりました。

ひとりになってもポンちゃんが日々うれしたのし生きられるよう、飼い主として出来るだけ心のケアに努め、甘えの催促にも応じてよく膝の上にも乗せてあげています。

ポンちゃんはめちゃくちゃデカいので長く膝の上に乗られるとお尻が痛いですし、この時期の庭は寒く、長くいると体が冷え切ってしまうのですが、飼い主の務めとして我慢しています。

ですがニャ~ニャ~と寂しそうに鳴きながら寄ってきても、実は単にご飯が欲しいだけの事も多く、膝から降りてご飯を食べ終わると、呼んでも素知らぬ顔で立ち去っていくので、気にかけて損をした気分になることも多いです(笑)

苦あれば楽あり

本当に苦しい時は出口が見えず

暗闇の中でもがきながら

ずっとこのままではないかという絶望と不安に浸りがちですが

それでも前向きな心で希望を持ち続ければ

いつか必ず前が開けるものです

今の苦しみは決して終わりではないと信じること

そう信じてやるべきことをやり続けること

一見悪くなっているように見えて良くなってゆくこと

すべては必要経緯であること

目の前の苦を乗り越えた時に

それまで苦しんだ分の喜びが与えられ

自分に必要な学びであったと

知ることになるのかもしれません

ポンちゃんもポンちゃんなりに苦しみから学んでるんでしょうかね? 全然そんな風には見えませんが(笑)

目に見えないもの

目に見えるものは5%

目に見えないものが95%

思考感情は目に見えないが

目に見える世界を生み出している

思考感情は簡単に操られるので

見聞きするものひとつひとつ

心の目でよくよく吟味しなければ

いつまでも操られたままである